【書評】「ぼくたちは習慣で、できている。」を読んだ感想。人を変えるのは「習慣」である!

みなとです。

2018年6月に発売された「ぼくたちは習慣で、できている。」を読んでみました。今日はその書評を買いていきます。毎回「書評」とかいかにも偉そうな言葉をつかっていますが、僕は文学については素人同然なので、ただの一般人の読書感想文だと思っていただければ幸いです笑。

「ぼくたちは習慣で、できている。」はこんな本だ

作家でありミニマリストである佐々木典士さんの自己啓発本。習慣とは何か、習慣を身に付けるための50のステップ、そして「才能」「努力」の言葉を、習慣という言葉を使って再定義しています。

様々な実験や佐々木さん地震の体験から、理論的に習慣について見直していける本になっています。

読んで学んだこと

①意志力は鍛えられる

習慣が身に付かない=意志力が弱い」という風に言われることが多々あります。

例えばダイエットをするために、お菓子を食べないように習慣付けようと思ったとします。そんな中、お菓子を食べてしまうと意志力が弱いということになるのですが、お菓子を食べてしまう前には「お菓子を食べようかな」と誘惑されている瞬間があり、結果「お菓子を食べる」という選択に流れてしまうということがあります。

意志力が強い人は、そもそも「お菓子を食べようかな」という意思すら起こらないと言っています。そして、この意思の呼び起こしすらトレーニングで鍛えられるということです。

②習慣とは何か?

習慣という言葉の定義は書籍の中で色々とされていた記憶がありますが、最も分かりやすいのは「意識せずとも行う行動」だと述べられています。例えば歯を磨く行為。「今日はどの歯から何回磨いてやろうか」なんて考えないですよね。つまり、僕たちが歯を磨いている時には意識はどこか別のところにあります。

③良い習慣を身に付ける方法

本書では、習慣化させるための方法として50の具体的なステップに分けて書かれています。その中で心に残っている方法をちょっとだけ紹介します。

キーストーンハビットから

1つの習慣が、他の良い習慣へと連鎖する習慣があります。分かりやすいのが「早起き」。早起きをすれば朝食をしっかり食べられるし、時間を有効に使えるし…という具合で他の良い行動を誘発するキーになります。まずはこれから初めてみる、というのがオススメされていました。

やらないよりやった方がまし

ジムに行く、本を読む、英語の勉強をするなど良い行動をやる前は、「面倒臭いな」「やりたくないな」とかって思うことは人間だからあります。しかし、それらの良い行動をやった後で後悔することって全く無いですよね。一方でやらなかった後悔は結構生じるわけです。

そんな風に思うようにして、自分を言い聞かせてやってみる。最初の一歩さえ踏み出せば、あとはできてしまうものです。最初の動き出しが一番ハードルが高いので、「トレーニングシューズを履く」「本を開く」「机に座る」などとにかくハードルを下げて行動を起こしてみると良いです。

④悪い習慣をやめる方法

一方で、やめたい習慣もあるかと思います。その対処法についても書籍の中で色々と述べられていました。

自分の子供に習慣にして欲しいかを考える

お酒やタバコなど、やめたいと思っていてもやめられない習慣があります。自分のことだとどうしても甘くなって言い訳が出てきてしまい、ついつい…というのは良くあります。しかし、「自分の子供に習慣にして欲しいか」と他人ベースで考えると少し変わります。

「ゲームは1時間まで」というのが子供にとって大切なら、大人でもそれは守るべき習慣です。

トリガーを洗い出す

タバコをやめたい…というとき、「なぜタバコを吸ってしまうのか」というトリガーになったことを洗い出すことが効果的です。タバコを吸ったときに、自分はどういう心理状態だったのか、周りに何があったか、どういう人がいたかなど、細かく振り返ってみて下さい。

そうすると、「同僚と話したかったから」などという隠れたトリガーが見つかるかもしれません。そんな時には、オフィス内で彼に話しかけてみるなどの対処を行い、タバコを吸いに行くシーンを減らすことができます。

⑤あらゆる偉業が習慣によって成し遂げられる

アインシュタインやダーウィンも、「自分は凡人だ」と言います。ただ「物理学が好きだったから」とか「自然科学が好きだったから」と言っており、並々ならぬ情熱を捧げたことが伺えます。そして、「ただただ人より時間をかけて問題について取り組んだ」とも言っており、継続すること、そして才能は生まれつきではなく、後からいくらでも身に付くものなのではないか?という投げかけがありました。

読んでみた感想

非常に勇気がもらえる一冊だったなと思います。アスリート、大金持ち、カリスマモデルなど、僕らがテレビで見かける凄い人を、「天才」だと見なし、自分たちは「凡人」だと考え、どこかでラインを引いてしまっているような気がします。しかし、そういう風に報道されるのはテレビを面白くするためで、彼らと僕らは同じフィールドにいる、そしてその差は習慣の差であることと認識するようになりました。

そうすると、何か「彼にできて、自分にもできないという訳がない」と思えた自分がいたので、そういう意味では良かったかなと思います。

スポンサーリンク

シェアする

フォローする

トップへ戻る